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裏千家東京茶道会館教室

レッスン風景4


  桜が散ったばかりの季節に始まり、中秋の名月の季節まで、半年間の講座でした。あと3回あと2回…名残を惜しみながら通った9月でした。最終日は、許状授与と「なごりの茶会」。利休居士のお軸の前で先生からひとりずつ厳かに許状が授与されました。いったん退席後あらためて入室すると、「閑坐聴松風」の軸、残花が活けられた篭花入、本来は10月に使用する「五行棚」と「束柴」の細水差しには席入りした瞬間から目を奪われてしまいました。





  今後われわれ受講者が経験するかもしれない「茶会」を想定したうえで締めくくりの茶会形式の稽古ということで、先生が今日の茶会のために選んだお茶碗。お出しになった順序やお道具の取り合わせの工夫、見どころを丁寧にご説明してくださったのですが、そのお話がとても興味深く、勉強になりました。
  今月は重陽の節句あり、十五夜あり、彼岸あり、作法を習うだけでなく、その都度いにしえからの習慣や禅に通じるお話を聞かせていただきましたが最終日は人生に何度となく訪れる「関」の話をうかがいました。





  教室に申し込みをした時と最終日は私の人生にとっての「区切り」まさに「関」でした。長い間離れてしまっていた茶道でしたが基本から丁寧に教えていただき、わかっていたようでいてわかっていなかったことや、以前より年を重ねた今だからこそわかるようになったことも多く、毎回「目から鱗が落ちる」ような感動を味わうことができました。
  なんでもない日常風景の中にズームインして、ちゃんと見ていなかった当たり前にそこにあるものに焦点があたり、スロー再生を見ているようなゆったりとした貴重な時間を過ごすことができました。間違いなく五感が鍛えられたと思います。
  参加して本当によかったです。初心者の方だけでなく茶道に関心がある方にはとてもわかりやすく有意義で素晴らしい教室でしたのでひとりでも多くの方がこの「関」を超えられるとよいなと思います。










レッスン風景4


  8月は二種類の棚(更好棚・丸卓)を使った稽古です。道具の位置、座る位置を今まで以上に細かく意識し、道具を扱う手だけではなく、道具を扱っていない方の手についてもご指導がありますが、なかなかそこまで意識がいきません。からだの隅々まで同時に意識することは普段の生活ではなかなかないものだと気づかされます。





  お稽古に拝見・問答が加わり、道具の種類や見どころ、さらには歴史、時代背景、季節の風物詩など、さまざまなことにも意識をむける練習が始まりました。軸や花、お菓子だけでなく、道具の取り合わせにもその時々の亭主の心配りを今まで以上に感じることができるようになりました。
  今日のこのひとときが二度と繰り返されることのない一生に一度のひとときであることをあらためて思い出し、先生方に対し、心からの感謝の念がわいてきます。






  濃茶体験では先ず、お茶についての講義がありました。実際の茶葉のサンプルを見せていただきながら、お茶の葉がお抹茶になるまでのお話をうかがい、稽古では使うことがない貴重なお道具を前に、道具について説明を聞きました。
  先生のお点前に受講者の視線は釘付けになり、一人ずつに練ってくださった先生の「濃茶」をいただきました。私にとっては久しぶりに味わう深みのあるとてもおいしい濃茶でした。










レッスン風景3


  4度目の緊急事態宣言下、コロナの感染者数のニュースとにらめっこをしつつ、ドキドキしているのは我々受講者だけではありません。まだまだ心配な状況下ですが普段以上に大変なご苦労の中、感染症対策をしていただき開講していただくことに感謝いたします。
  お茶室の中は、季節の自然いっぱいの空気感、空、山、川、小さな草花がいつも感じられる空間でありいつも先生の心遣いに感謝でいっぱいになります。






  順番に行う通し稽古では自分への指導だけでなく他人への指導も自分の学びとなるために、自分の番が終わっても気を抜く間もありません。
  マスクをしていて声が出しにくいのに、一人一人に根気よく指導してくださる先生には頭が下がる思いです。
  以前先生が「同じ注意は極力しない」とおっしゃっていたので、次の教えをいただけるように心がけました。
  3週に及んだ「運びの薄茶点前」の稽古では、受講者たちが苦戦を強いられている「柄杓の扱い」に細かい注意が繰り返されました。置き柄杓・切り柄杓・引き柄杓をはじめ、一連の流れを稽古。きれいな型が決まるようになるために細かいご指導のひとつひとつをからだに刻み込むようにと皆真剣に取り組みました。





  現代の生活様式には、畳の部屋すら珍しく、まして柄杓ですから、教わる私たち受講者も苦労しますが、教える側のご苦労もいかばかりかと思います。家で料理の際は おたまを使って練習してみようかと思いました。
  「梅雨」が趣向のしつらえの時、「露」の軸に菓子は「朝の露」。この「露」という漢字は「あらわ」と読むことは知っていましたが、あらためて意味を考えるひとときに「学ぶ」喜びを感じました。
  また、七夕、梅雨明け、猛暑の中、涼が趣向のしつらえの際は、7月が旧暦では「秋」だということ、七夕は中国由来の「女性が刺繍や裁縫がうまくなるように祈る」行事のためにかつては5色の糸を飾ったこと、「糸」がキーワードとなっていることなどを教わり、先人の過ごした季節と今につながる年月を想い、普段全く意識することがなかった過去から今につながる「糸」を感じることができました。






  お茶の世界に入ると奥はとてつもなく深いことを知ることになります。いつまでも「学ぶ」姿勢が茶人の皆様の若々しさの源になっているように感じました。
  受講後の進路についても少しお話がありました。
  先生やお仲間とも打ち解けてきて、「終わり」のあることを思うと、離れがたい気持ち、もっと教わりたい気持ち、今の時間が永遠に続いてほしい気持ちになります。いずれにしろ、「学び続けたい」気持ちを汲んでいただき、アドバイスをいただけるとのことで、安心しました。一日一日を大切に学んでいきたいと思います。









レッスン風景2


  緊急事態宣言による2ヶ月近くの休講後、再開した久しぶりの教室。
  数回しかお会いしたことのなかった受講者同士ですが、すでにお仲間同士。再会できたことがとても嬉しかったです。皆、休講の間に復習してきたようで、「最悪な状況」も想定したうえで稽古の準備をされていた先生の期待を裏切って驚くほどスムーズに割り稽古が進行しました。
  私たち受講者にとって一番の試練は「正座」による「足のしびれ」。時折挟んでくださった「立ち上がる」時間に立ち上がれず苦労する生徒を横目に、平然と正座を続けている先生方には驚くばかりでした。
  割り稽古の復習は、先生の声と動作を見聞きしながら、先生の教えの通りに自分に集中する時間。頭で考えるのではなく、一連の流れをただ繰り返す。ひっかからず止まらず、スタートからゴールに行きつくまで流れに、型通りに必死でついていく。何故か分からないけれど心地よい時間です。その際、自分の中に出てきた言葉は「守破離」。基本が大切、今は基本の形を身につけることが大切な時間だと感じました。
  あっという間の2時間を過ごした後、清々しい気持ちの帰り際、再び拝見した床の間のお軸。夜空に浮かぶ「蛍」が本当に見えた気がしました。名残を惜しみつつ、来週を楽しみに帰路につきました。






  6月の2回目のお稽古では1人ずつの「盆略点前」を行い1つ1つの所作を丁寧に細かくご指導いただきました。
  経験の有無にかかわらず、1人1人に同じだけの時間をかけてご指導。いろいろな経験を積んだ受講者が一堂に会して、それぞれが学ぶ時間。自分と先生とのつながり、他者とのつながりの中で学びがより深まっていくことを感じました。たくさんのご指導で「目から鱗」、「わかった瞬間」の感動、この歳になっても「やり直せる」「できるようになる」ことの喜びをたくさん感じることができて感無量です。
  長年の間に癖がついてしまっている私は、その癖を直していくことは簡単ではないことでありますが、得難い機会であることを心に留めて、修正していけるといいなと思います。
  花はセンノウ(朱)、ホタルブクロ(白)。お菓子は「水無月」。氷片を模した形と魔よけの赤を表す小豆が特徴の氷室の節句にちなんだお菓子でした。
  お菓子からも、季節を大切にしてきた先人の教えを学ぶことができて、漫然と過ごしていた日々の生活の中、今まで見えなかった景色が見えるようになってきました。










レッスン風景1


  10年のブランクがあるとはいえ初心者ではない私が、今日が初めてという方々と同席させていただく事に、大きな不安と緊張の初日をむかえました。
  初日を終え、基本をもう一度 丁寧に教えていただける機会にとても感謝しています。






  今日教えていただいた「基本が大切」であることは、いろいろな世界でも言い尽くされている教えだと思います。これほど時間をかけて、「立ち方」「座り方」「お辞儀の仕方」「歩き方」などの基本を教えていただく機会は今までなかったように思います。
  本当なら日本人として、それぞれの家庭や学校などで身につけたい所作ですが、和室も和服も普段の生活から無くなりつつありますので、仕方のないことなのかもしれません。
  でも、美しい所作を学ぶことは、茶道に限らず、すべての場面において、グローバルな今だからこそ、日本人にとって必要なことなのではないかと感じました。
  先生は「基本が大切」であるということと、もう一つ、「失敗を恐れず、失敗をしてください」とおっしゃいました。この言葉で皆の緊張がほぐれたように思います。思わず笑ってしまうようなお話を交えながら、皆の「足のしびれ」にも気を配っていただき、さらに「コロナ対策」も万全にしていただきながら、とても充実した時間を過ごしました。
  他の受講者の方のとても熱心で素直な質問の数々は、「聞きたいけど今更聞けずにやり過ごしていた私」にとって、とてもありがたく、「失敗が恥ずかしい」という気持ちを心から追い出すことが目標になりました。
  利休道歌の「もとのその壱」は、本当に目の覚めるような「壱」だと実感しました。



  2回目のお稽古では二度目は一度目より深く理解できることを実感しながら学びました。続いて「襖の開け閉め」「客としての入室・床の拝見・釜の拝見」に伴う「足の運び」について、さらに「扇子の持ち方」「にじり方」「ひと膝よけ方」ひとつひとつを丁寧に習いました。





  全員が一緒に同じことを教えていただき、順番に実習していくので、ほかの人の所作を見る時間があるので、さらに学びも深くなります。
  所作には すべて意味があり、ひとつひとつの所作の意味「先人を敬い」「もてなしに感謝し」「相客に心を配り」「この一瞬は一生に二度とない出会いである」ことを確認し、厳かな気持ちを感じながら、今日の最後には、教えていただいた通りに点てたお抹茶をそれぞれ自分でいただいきました。これらの所作が頭で考えることなく、自然にできるようになることが目標であり、そして私の課題は、「残念ながら今までについてしまった間違った癖を直す」ことだとわかりました。最初が肝心。基本が肝心なのだと心の底から思います。






  盆略点前の準備が整えられたお盆の前に座り、帛紗捌きから茶筅通しまで 、一連の動きの練習しました。かなりブランクがあったので、当然頭ではすっかり忘れたと思っていましたが、驚いたことに体は覚えていたようです。流れていく所作に集中し、日常を忘れて次第に心が一点に集まり、落ち着いていく不思議な気持ちよさを思い出しました。初めての人には 難しいと思われるに違いない今日の稽古中、一生懸命先生に質問をしている人が多かったのを見て「わからないことをそのままにしない姿勢」に感服し、わが身の今までを反省しました。これから繰り返される練習で、頭ではなくからだが覚えていく感覚を皆もすぐに味わうのだろうと思います。





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