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先人の足跡

千 宗室

  茶の湯は長い歴史の中で何度も厳しい局面に出合ってまいりました。そもそも利休居士が侘び茶を考えられた時代は戦国の世でもありました。近代以降では明治維新や大正デモクラシー、そして昭和の大戦がありました。それでも茶の湯はその時々に応じた姿を上手にとり、今日まで伝わってきております。
  以前からお伝えしておりますように、茶の湯の中にはたくさんの引き出しがあります。茶を点て飲むことはもとより懐石料理を楽しむこと、花を入れること、香を聞くこと、歌を詠むこと。さらに建築や造園、禅、書画などあらゆる日本文化のエッセンスが茶の湯には含まれています。時代の流れの中でたとえ困難な状況におかれても、その時々に合うものを引き出しから取り出して対応を能くしてきたわけです。
  一昨年来、コロナ禍により新しい生活様式が求められ、茶の湯の世界においてもこれまでの形を変えて対応することも必要になりました。時代に適う茶の湯の姿を私が試行錯誤する中で、圓能斎宗匠が覚悟をもって各服点を示されていたことは何より有り難く心強く存じました。
  茶の湯はいわゆる芸術ではなく生活に密着したものです。歴代の宗匠方が考案された点茶盤や七事式、利休居士の侘び茶もアートではありません。これらは茶を飲むということにしっかりと根差したさまざまな対応の仕方を時代に合わせて誰もが考えてきた証しです。
  皆さまには日頃の稽古に励む中で点前の奥にある先人たちの足跡をたどり、その学びを糧に茶の湯の世界を広げていっていただきたいと存じます。

淡交タイムス 8月号 巻頭言より